努力が形に残る喜び。
今度はこの世界で一流をめざしたい。

船舶事業部四国事業部 今治北営業所

村田 洸希

船舶事業部四国事業部 今治北営業所

村田 洸希

Section01
断たれた夢。出会った道

村田洸希は、かつて高校球児だった。2年時には投手として甲子園にも出場。その世代では全国でもトップクラスの速球投手だった。ところが最後の夏を前に、肩を故障。幼い頃からの夢だったプロ野球選手への道を、突然断たれた。以来、村田は、野球に代わって打ち込めるなにかを、ずっと探し続けていた。
長崎船舶装備のことを知ったのは、意外な場所だった。母が長崎市内で切り盛りする小料理屋に、長崎船舶装備の役員や社員がよく通っていた。大学4年のある日、たまたま店を手伝っていると、「うちに来ないか?」と声をかけられた。そのときに村田が思い出したのは、小さい頃から大好きだった祖父のことだった。実は祖父も高校時代に甲子園に出場。その後、長い間、造船業界で活躍していた。「自分も同じ道に挑戦してみたい」。そう直感した村田は、仕事の中身もよくわからないまま、受験を決意した。

Section02
自分の家だと思え

入社後の配属先は、愛媛県の今治北営業所。初めて訪れた今治市内に住まいを構えながら、大島にある事務所と、伯方島にある造船所を往復する日々が始まった。1年目は先輩について図面の読み方や現場の段取りを学び、2年目は先輩の補佐。そして3年目から、1人で現場を任されるようになった。「最初は不安で仕方なかった」という村田だが、7年目の今では1年間に7隻の内装を作り上げる。
村田が担当するしまなみ造船様は、比較的小型な4万トンクラスのバルクキャリア(貨物船)を得意としており、施工管理も1人で1隻の内装をすべて担当するのが基本だ。まずは39種類にもおよぶ図面を読み込み、必要な材料と数を拾い出す。見積もりを作成し、業者に発注。現場に材料が届いたら、15名ほどの職人さんを動かしながら内装を作り上げていく。「家の中の工事全部を手配して、作り上げる感じですね」。そう話す村田には、大事にしている自分なりのルールがあるという。「これが自分の家だったら?と思うことです。例えば、家具のちょっとしたキズも、『これくらい、わからんやろう』ではなく、職人さんにきちんとやり直してもらいます。言いにくいときもあるけど、そこはぶれちゃいけない。船主様にとっては何十億円も出して作っている船だし、乗組員さんにとっては長い時間を過ごす家なんですから」

Section03
最高のほめ言葉

村田がもう1つ、大事にしているのは、チームワーク。村田は新人時代から、周囲へのあいさつや、明るい声かけを意識して続けてきた。「おはようございます!」「あれ、作業服変えました?めっちゃいいですね!」。談笑の輪の中心にはいつも、村田の人なつこい笑顔があった。いつしか、どんな無理なお願いをしても、「村田が言うなら、しゃーない」。そんな声が、職人さんはもちろん、造船所の職員からも聞こえてくるようになった。「野球部時代の経験が活きてるのを感じます。野球だけでなく、チームメイトへの目配り、気配りを鍛えられましたから。つらいこともあったけど、あの頃の経験はむだじゃなかった」
意外だったのは、英語を使う機会が多いこと。外国籍の船や外国人の船長も多いため、図面が英語で書かれていたり、英語で話さないといけないことも多い。「身振り手振りや、スマホで調べながら、コミュニケーションをとっています。会社も英会話の教材を用意してくれているし、学生の頃より、勉強している」と村田は笑う。

Section04
思い通りにいかない。だから面白い

船内は特殊な空間だ。机上で書いた図面通りには作れない場合もしょっちゅう。「でも、そこが面白い」と村田は目を輝かせる。難題が立ちはだかるたびに、信頼する仲間、自分が作り上げてきたチームで、互いに知恵をしぼりあいながら、現場でクリアしていく。その結果、「すべての部材がぴしゃっとおさまって、『いい船ができたねぇ』『今度の手配、よかったねぇ』と言ってもらえたときは、本当にうれしい」
そんな村田には、大好きな光景がある。それは、手塩にかけて作ってきた船の出航式だ。華々しい式典のにぎわいからちょっと離れた場所で、静かに出航を見守っている時間が村田は好きなのだという。「あぁ、(船が無事に)出ていったぁ。よかったぁって…。でも、後ろを振り返ったら、もう次の船がおるんでね(笑)」。よし、またがんばろう―。新たな決意とともに、村田はまた新たな船に乗り込んでいく。

Section05
この仕事で、よかった。

高校時代に親交のあった同級生のなかには、プロ野球選手になった人もいるという。正直、うらやましいと思った時期もあったそうだ。でも、「今は心からこの仕事でよかったと思っています」と村田は笑顔で話す。「この仕事は、ゼロから形を作りあげる楽しさがあるし、最初から最後まで携われる。たまに、自分が作った船がメンテナンスのために造船所に帰ってくることがあるんですよ。うれしいですよね。1隻1隻の船に思い入れがありますから。仲間とわいわい汗をかきながら働くのも楽しいし、努力すれば形にも残る。野球だけをやっていたら、野球しか知らない人間になっていたかもしれません。野球がやれなくなったからこそ、この仕事と出会えた。だから野球への未練はないですね。ただ、プロになった人たちに負けたくはない。今はこの仕事を、一生をかけて、つきつめていきたい」
今治で出会った人と結婚し、2人の子どもにも恵まれた。また今治に来てから、釣りの楽しさにも目覚めたそうだ。そんな村田の将来の夢は、華やかな大型客船の内装をメインで担当すること。「そのためには、経験の引き出しをもっと増やさないといけない。もっともっと、いろんな現場を経験したい」。村田の情熱は、白球を追いかけていたあの頃にも負けないくらい、燃え続けている。

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